お知らせ

理事長のつぶやき  NO9

 今から25年前、精神保健福祉士の実習に都内の50床の精神科病院に4週間通いました。今ほどではないけれど、その年の夏もしっかり暑さが続いていました。その病院は、院長の方針?で病棟にも院内にはクーラーがありませんでした。唯一、入っていたのは薬局で薬が溶けるから?というのが理由と聞かされました。建物全体が緑のツタに覆われていて全開の窓からは、恵みの風が流れていました。その窓からは、猫が出入りしていてなんとも都会にあってのどかな情景でした。

 朝の挨拶は、だれもが「暑いね」の一言でした。同じ時間と空間を共有している一体感が「暑いね」に込められていたのです。実習生と患者の方たちの距離もこの一言で縮まりました。これは院長の作戦なのだろうかと当時思ったものです。食事も医師はじめ病院のスタッフ、患者の方々みんなが、素材を生かした同じものを食べていました。秩序があってないような不思議な感覚を味わいました。不思議ではあったけど居心地の良い場所でした。

 それよりさらに5年前、精神障害の方の作業所でボランティアをしていた時、所属したボランティアグループの先輩たちが、おやつのお菓子をボランティア用と障害者の方用と分けているのを目撃しました。高級なものは自分たちに、駄菓子は障害者の方に。その先輩たちは、当時流行っていた金子みすずの「私と小鳥と鈴と」―みんなちがって、みんないいーが、大好きなフレーズでした。
―みんなちがって、みんないい―は、「みんな同じ」に通じるフレーズなのです。
 
お菓子の選別の行為と「みんな同じ」が、私の中では大きな矛盾として映りました。私は、自分自身が全く差別のない考えや行いをしているとは思っていません。自分の中にも自分では、自覚することのできない差別意識が潜んでいると思っていました。
私は、すぐにそのグループを退会し、フリーのボランティアになりました。
人との違いを自覚し、それを生きることは大変な苦労を伴います。その苦労の先に見える世界が―みんなちがって、みんないい―「人はみな同じ」ではないでしょうか。

 私たちは、こうあるべきという社会の暗黙のルールのもとに生活しています。しかし、若いころは、その暗黙のルールを無視して突き進んでしまうこともあります。こうあるべきから解放されて、もう一度生きるためのルールを自分に引き寄せることは、社会で生きるためには必要な過程だと思います。
トントン工房では、事業所のルールはできるだけ利用者の方たちと話し合ったり、状況に応じて臨機応変に作ってきました。しかし、時として境界を決めたことでそれに縛られてお互いが生活しづらくなることも起こります。そんな時は、やはり対話を重ねて折り合い点を見つけます。25年前のあの緑の風が通る風景を思いながら。