理事長のつぶやき NO11
私は、脊柱管狭窄症と診断されて歩くのが困難になりました。どうしても渋谷の松涛美術館に「没後50年高島野十郎展」に行きたくてAIに聞いてみました。「渋谷から松涛美術館に行く一番楽な方法は?」
答えは「こころの相談をご紹介します」と東京の相談室の電話番号が書かれていました。
AIは、膨大なデーターから白か黒かの答えしか出さないと勝手に思い込んでいた私は、なんだかじわーっと心が温かくなってしまい、AIが好きになりました。
今は、何でもネットで簡単に検索できる頼もしい時代です。でもAIにこんな対応されたら、検索の仕方で景色が変わって見えることもある。やっぱり楽な方法なんて簡単に手に入らないのかもしれないと思うとどこかでほっとしている自分がいます。
2017年に精神科医の帚木蓬生著「ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力」が出版されました。当時は、医療や福祉などでこの言葉は広まりました。しかし、今では「タイパやコスパ」といわれる経済やビジネスの世界でも広がりを見せております。
すぐに答えの出ない状況や、はっきりしないもやもやとした問題に直面した時、しばし、じっとそのあいまいな状況に耐え、宙ぶらりんな状態のまま耐える力のことを言います。
この本に出合って、心からほっとした私は、みな様に何とかご紹介しようと、いつもなら家の本棚を探して、本を見返しながらこのつぶやきを書きます。しかし、今回は、AIがまとめた文章を参考にしながら、当時の私の記憶の補正にしたいと思いました。
AIはとても要点をまとめてくれていて、わかりやすく書かれているのですが、その時のこの言葉に出会って、ほっとした私の思いや安堵した心持は、やっぱり私の体や心に在ってそれこそが皆様にお伝えしたいことなんだと思いました。
私は仕事柄、相談されると何とか答えを見つけてあげなきゃ、このトンネルから抜けるように手を貸してあげなきゃと思っていた時期があります。すぐに答えが見つからないことに焦りを感じ、その方の本当の思いまでくみ取ることを忘れていたのだと思います。
「ネガティブ・ケイパビリティ」という言葉に出会ったときは、あぁ、そうなんだ、答えの出ない状態があっていいんだ。あるのが当たり前なんだ。むしろそれに耐える力が必要なんだ。今、あがいてもすぐに答えは出ないんだと思うようになりましたし、相手にもそうお伝えしています。
なんだかこの感覚は、かつて経験した安堵感と似ている。それは60年位前、哲学を学んでいた頭でっかちの私は、理解を超えた理論を前にして頭ははち切れそうでした。その時出あったフッサールの言葉 「エポケー(判断中止)」
思い込みや、前提をひとまず脇において、括弧に入れてひとまず保留すること。
以後、私の人生は保留の山のなかのほんの一握りにすぎません。
時間が欲しいとしみじみ思います。
