理事長のつぶやき NO5
2026年4月20日
ON BECOMING A PERSON
私がつぶやきを始めようと思ったきっかけは、二つあります。一つは、ある精神科病院のケースワーカーの「地域がまだ育ってない」という一言。地域がどう育っていないのか、病院として何を地域に求めているのかその方から発信はなく、何をもって育っていないのか。これで連携などほど遠いと思ったこと。
もう一つには、二年前に東京大学「職域・地域架橋型―価値に基づく支援者育成」TICPOCに参加したことです。このプログラムは、今までの私の学びの概念を覆すほどのワクワク楽しい学びでした。教授と学生が、それぞれの知と経験を投げかけ、共通の理解を深めていく過程がまるでライブのような感覚を味わいました。そこで気づいたことの一つに「地域は発信していない」ということでした。
「病院から地域へ」と精神障害者の取り巻く施策が転換されてすでに20数年、まだ20数年? 精神の病から地域で一生懸命生活している方々のことが、まだまだ知られていない。それも医療機関の方たちにと実感しました。もちろんベてるの家ややどかりの里などの取り組みや最近ではラップ、地域での障害者福祉の取り組みなど知識として、言葉としては目にします。しかし、地域ですでに病と闘いながら生活する障害者の方々の生活は、福祉という囲いの中に隠れていてなかなか見えてこない。障害福祉は理念です。しかし、障害者の方にとっては生活を意味します。この理念と生活の間にある溝が私には埋められないもどかしさと感じられるのです。
「自分らしく地域で生きる」ことを支援する。自分らしさって何だろう? 私の地域ってどこだろう? 74歳、後期高齢者にならんとする私は、少なくともいまだにこうした疑問を自らに投げかける自由を手にしています。自由の中からつかみ取る「自分」と自己決定支援の名のもとに「自分らしく地域で生きる」ことを強要されている(かに見える)障害者の方たちの「自分」との違いはどこだろう。私は、ずっとこの疑問を抱えながら仕事をしてきました。いまだに答えは見つかりません。ただ言えるとしたらその方にとって生活となりうる支援が理念ではなくなるということではないでしょうか?
「自閉症だったわたしへ」ドナ・ウィリアムズ
1994年日本で出版されたこの自伝は、自閉症を生き抜いた作者の克明な闘いの歴史です。その冒頭の言葉を書かせていただきます。
SOMEBODY SOMEWHERE Donna Williams
これはふたつの闘いの物語である。ひとつは、「世の中」と呼ばれている外の世界から、私が身を守ろうとする闘い。もうひとつは、その反面何とかそこに加わろうとする闘い。どちらも心の内側の、「私の世界」の中で繰り広げられた。かつてわたしは、自分を「わたし」としてではなく、はるかに遠い存在の「彼女」としてしかとらえることできない人間だった。それが他者に対するこのうちなる闘いを通じて、次第に「彼女」から「きみ」に、「きみ」から「ドナ」に、そしてついに「わたし」に、なることができたのだ。
私が、現在の職場で出会った方は、長いことご自分の病名や大量の服薬に疑問を持ち、様々な闘いをしていました。ある時、その方がおっしゃいました。
「私は、病気を認めなければ私は私でなくなる」
まさに「わたし」の中の世界から「世界」の中の「わたし」をつかみとった瞬間でした。
